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中小企業とは何か-定義のあいまいさ

 わが国の総合家電メーカーであるシャープは、液晶をめぐる失敗から経営危機を招き、台湾の鴻海(ホンハイ)の買収を経て、同社の傘下企業として経営再建を進めている。経営再建中とはいえ企業体としては存続しており、もちろん社員も抱えている。国内だけでもシャープ単体で約1万5千人、関連会社を含めれば約2万人を擁する(2016年3月末時点)。経営状態はともかく、同社が押しも押されもしない大企業であることにほとんど誰も異論はないだろう。しかし、昨年5月、同社が突然中小企業になるかもしれない、という報道がメディアを駆け巡った。それだけ聞くと、同社が劇的なリストラを行って小さくなるイメージを持たれるかもしれない。しかし実際に検討された(と報じられた)のは、資本金を減らす「減資」であった。

 報じられた内容は、同社が、1,200億円以上の資本金を一気に1億円まで削減しようとしている、というものであった。「資本金1億円」は法人税法において特別な意味を持つ。1億円以下の企業は「中小企業」とみなされ、軽減税率が適用される。従業員数が同じでも資本金が1億円になれば、制度上、「中小企業」とした扱われることになる。株式会社が資本金や資本準備金を減らす手続きである減資そのものに、特段の問題はない。赤字が続く場合に繰越欠損金を減少させる目的などでしばしば用いられる手段である。しかし、(真偽のほどは定かではないが)シャープは税法上の優遇措置を狙ったのではないか、との憶測がささやかれ、社会的に大きな批判が巻き起こった。その背後には、同社が中小企業とは到底考えられないという一般の感覚があったといえる。

 そもそも中小企業とは何か。これは専門家の間でも長年にわたって考察が続けられてきた大問題である。「中小」というからには企業の規模が決定的に重要な基準になるはずだが、何を指標にすればよいのか。資本金はよく使われる指標のひとつだが、これだけで測ろうとすると先のようなことも生じ得る。このため、資本金以外に従業員数や売上高なども基準としてよく用いられる。よしんば有効な指標が見つかったとしても、大企業と中小企業を分ける水準、すなわち“閾値”をどう設定するかという問題もある。閾値以下であれば中小企業で、それを少しでも上回ったらいきなり大企業に区分されるというのも、やや不思議な感じがする。

 OECD(経済協力開発機構)は、中小企業の定義づけの難しさとして、閾値の設定に加え、業種ごとの扱い(特に製造業とサービス業)、大企業の関連会社や子会社などの扱いも挙げている(OECD 1997)。現実には、これらの難しさを承知の上で、少なくとも制度的には何らかの人為的な基準に基づいて中小企業が定義されている。結局のところ中小企業というのは、極めて恣意的であいまいな概念なのである。

 恣意的と割り切ってもなお、悩ましい事態がしばしば生じる。それは時代の変化である。時が経つにつれ政策上のニーズが変わって中小企業のカバレッジを変えたくなったり、政策ニーズは変わらなくても中小企業の定義からはずれる企業が無視できないほど増えてくることがある。後者は、特に資本金を中小企業の定義の基準として用いる場合に顕著にみられる。長期的に、経済は成長し物価は上昇する傾向にある。このため、企業の資本金は“全体として”増えていく傾向にある。戦後間もない頃の資本金1億円と現代のそれは意味が大きく異なる。こうした状況を踏まえ、中小企業基本法では、時代を追うごとに中小企業を定義する資本金の基準を引き上げてきた(すなわち基準を緩めてきた)。1963年に基本法が制定された時点での製造業の資本金基準は5千万円だったが、現在は3億円となっている(図表参照)。企業部門の資本金が全体的に増えていくにつれ、基準を引き上げていかないと中小企業のカバー率は低下してしまうのである。


図表 中小企業の定義とカバー率の変遷(製造業等)


出所:中田(2013)より作成


 今の中小企業も、昔ならば堂々たる大企業だった可能性が十分にある。それを、定義の変更によって中小企業にカウントしている。このように、長期的にみた「中小企業」のウエイトを一定に保つという措置が持つ経済な意義は実のところ明確ではない。中小企業のカバレッジを広めにとって“取り洩らし”を避けるという意味合いはわからないではない。しかし、政策に充てられる予算などが限られていることを考えると、本当に政策を講じたいグループへの対応がその分手薄になってしまう。中小企業の定義をめぐっては、政策の目的に照らして、もう少しきめ細かい視点、すなわち時代の変化や経営内容への考慮があって然るべきではないかと考える。


[参考文献]

  • OECD (1997) Globalisation and Small and Medium Enterprises (SMEs)

  • 中田哲雄(2013)「中小企業と中小企業政策の動向」、中田哲雄編著『通商産業政策史12 中小企業政策1980-2000』財団法人経済産業調査会

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ブログの趣旨説明-中小企業を大局的にとらえる

本ブログの趣旨は、中小企業を全体として捉え、日本経済に位置付けて考えるため、①中小企業関連トピックの解説、②中小企業の景気動向の把握、③日本経済全般に関する話題へのコメント、を行うことである。

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